💛プロフィール💛

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yukarinn

1969年名古屋生まれ、名古屋育ちの名古屋嬢。1996年の夏、旅行で来ていた子供たちの父親と日本で知り合い、意気投合。住所を交換しペンパルになる。その年の11月下旬、約3か月間ハワイへ遊学に行き、帰る間際のバレンタインデーにプロポーズされる。

結婚を決め、約1カ月半後に再び海を渡ったものの、ホノルル空港にて結婚をするためのビザがないのであれば、結婚目的では入国を許可するわけにはいかない、と入国拒否&強制送還。

今後フィアンセビザ以外でのアメリカ入国は認められない、フィアンセビザを申請して改めてハワイに渡航するようにと指示される。

言われた通りフィアンセビザを取るべく、請願書、申請と進んだものの、3カ月経っても移民局からはなしのつぶて。ホノルルのINS(当時はこういう名前だった)へ問い合わせに行ってもらったところ、「あなたが提出したという書類は見当たらない」と冷たく言い放たれる。要するに紛失(怒)。

が、しかし!申請時に支払いをしたレシートを保持していたことから、支払いをしたという証明ができたものの、費用はいらないからもう一度書類を提出するようにと言われ、ないものはどうしようもないので、再申請することに。

その後、INSからは無事書類を受け取った、との手紙が届きほっと一安心する。

ところが事件発生!一度入国拒否されたという記録が残っているとかで、フィアンセビザを取得するために必要な健康診断や予防注射をすでに済ませたのにも関わらず、在日本のアメリカ大使が「要再調査」との判断を下したため、調査に時間がかかりなかなか東京大使館での面接の日程連絡がこない。

当時名古屋に住んでいた私は、いつ突然「面接に来てください」と言われてもいいように、東京の友人宅にお世話になりながら、生まれて初めて憧れの街、東京ライフを1カ月ほど満喫(笑)。

なんだかんだ大変だったフィアンセビザ取得でしたが、いざ面接の時は、ほんの15分足らずで終了、というあっさりしたもので拍子抜けしたという…そんなあの日がまるで昨日のことのよう。最終的にフィアンセビザを受け取るまでにかかった時間は、実に9カ月。

1998年4月1日(エイプリルフール)、無事結婚。そんな大変な思いをしてまで乗り越えた「愛」だったはずの結婚。9年の結婚生活の中で長男(当時9歳)、次男(当時7歳)を授かるも2007年9月、別居。2010年に正式に離婚。子連れ離婚はあれこれ大変だったが究極の貧乏だったため、弁護士を雇わずすべて自力で終わらせた。12年の結婚生活にピリオド。偉いぞ、私。そして現在に至る。ex夫からの援助が一切ない中、この低賃金、高生活費のハワイでふたりの息子を育てあげた自分、本当に立派!と思う日々。

編集、ライター業は2007年にはじめ、気が付けば13年経過。3度の飯よりネットサーフが大好き。ほとんど中毒(笑)。

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